2012-02-15 資格試験の受験勉強と労災

ここでは、弊所発行のメールマガジン「ビジネスに直結する判例・法律・知的財産情報」のバックナンバーを掲載しています。同メルマガでは、比較的最近の判例の紹介を通じ、ビジネスに直結する法律知識と実務上の指針を提供します。

学術的・難解な判例の評論は極力避け、分かりやすさと実践性に主眼を置いています。経営者、企業の法務担当者、知財担当者、管理部署の社員が知っておくべき知的財産とビジネスに必要な法律知識を少しずつ吸収することができます。メルマガの購読(購読料無料)は、以下のフォームから行えます。

登録メールアドレス    

なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。

以下の検索ボックスを利用して、トピックページ(メルマガバックナンバー)から検索できます。

1 事案の概要

H21.4.20 大阪地裁判決

 土木建設会社に勤めていたX氏は、会社から技術士試験の受験をするよう指名され、通 常業務の傍ら受験勉強を続けていましたが、3年目にして初めて筆記試験に合格した年の 口頭試験直後に脳内出血で倒れ、左半身麻痺の障害を負いました。

 X氏が労働者災害補償保険による障害補償給付の支給を求めたところ、労働基準監督署 長は、これを支給しない旨の処分をしました。

 そこで、X氏は国に対し、この処分の取り消しを求めて提訴しました。

2 判決の概要

 裁判所は、以下のように判断して労基署長の不支給処分を取り消しました。

  • X氏の会社では、技術士資格取得者を増加させる体制をとることが明らかにされ、X氏 は支店長から「技術士試験の受験者に決定した」旨の通知を受けたこと、受験者に対し勉 強時間や家族への協力要請を含め詳細な指示や注意があったこと、就労時間中に、試験説 明会・論文添削指導・模擬面接が行われ、模擬試験を欠席する場合には支店長の許可を求 めるなどしていたことから、技術士試験の受験は業務命令で行われたと認められる。
  • 技術士試験に合格するためには、相応の受験勉強をすることが必須であり、現に会社も 論文添削や模擬試験などに深く関わっていることから、受験勉強も会社の業務命令による ものとして業務にあたる。
  • X氏は、同年5月の連休から筆記試験までと筆記試験合格発表から12月の口頭試験ま では、平日に就業後約2時間、休日は朝から夕方まで、受験勉強をしたことが認められ、 特に発症前1ヶ月間の受験勉強を含めた時間外労働時間は100時間を優に超えていた(= 量的に過重)。また、X氏は日常の通常業務をこなした上で受験していたこと、1年に1回 しか受験できない試験で3度目にして筆記試験に合格したことからすれば、精神的負荷も 相当なものであった(=質的に過重)。
  • したがって、本件の脳内出血の発症は、技術士試験の受験を含めた会社の業務が原因と なったものと認められる。
  • 3 解説

    【本判決の意義】

     労働時間をめぐる労働災害といえば、長時間労働による過労死などが典型ですが、資格 試験をめぐる労災の事案は珍しく、公になったものとしては本件が初めてではないかと思 われます。しかし最近では、保有資格によって会社の技術的評価が左右されることも少な くないため、会社の方針として社員に資格試験の受験を推奨するということもあると思わ れます。この判決は、そうした場合に、雇用者として念頭に置くべき点の一つを示唆して います。

     この点を詳しく検討するにあたり、まず本件で問題となった労災の制度について簡単に 振り返りたいと思います。

    【労災認定の要件】

     労災補償の対象となるのは、業務上の負傷・疾病・死亡です。ここで「業務上」とは、 (1)「業務」に(2)「起因」していることをいいます。
     本件では、資格試験の受験及び自宅での受験勉強が(1)「業務」にあたるかという点 が問題となりました。

     裁判所は、上記のとおり、資格試験の受験そのものが業務命令に基づくものといえるだ けでなく、自宅での受験勉強も業務命令によるものであると認定しました。

     この点、従来から判例は「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」を労働時間と していますので、業務命令に基づくものであれば、事業主の施設管理下にある場合に限ら れません。そのため、作業に見合う勤務時間が労働時間内に確保されていないために自宅 で作業を行わざるを得なかったという場合(いわゆる持ち帰り残業)も、業務にあたると 解されてきました。

     それで、本件でも、裁判所は、受験勉強のための時間が勤務時間の中で確保されていた との反証がない限り、自宅で行う受験勉強も業務命令に基づく業務に該当すると判断した 訳です。

     また、(2)の「業務に起因」していることも要件となります。

     この点、仕事中の事故や災害と異なり、非事故性の疾病は、長期にわたる有害因子の蓄 積により徐々に増悪して発症することが多く、原因が分かりにくいため、この要件がしば しば争いになります。それで、脳・心臓疾患については厚労省が認定基準を定めており、 業務による明らかな過重負荷によって、基礎疾病がその自然的経過を超えて著しく増悪し 、発症した場合には、業務起因性が認められるとしています(平成13年基発第1063号。詳細 は、厚労省ホームページをご参照ください。)。

     裁判所が判断する際は、必ずしもこの認定基準に拘束されませんが、本件でも基本的な 枠組は維持されており、量的過重性・質的過重性とX氏の私的リスクファクターを総合し た結果、業務に起因すると判断されました。

    【資格試験受験と会社の安全配慮義務】

     本件は損害賠償請求訴訟ではありませんでしたが、労災が起こった場合、労災保険があ っても被災者等から損害賠償請求を求められることがあります。というのは、労災が発生 した際には、被害を受けた労働者は、労災保険給付で自己の損害がすべて補償されるわけ ではありませんので、このカバーされない損害については、会社が、安全配慮義務違反な どで賠償責任を負うからです。また、労働基準法5条も、使用者の安全配慮義務について 、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配 慮をする」と定めています。

     今回のような資格試験も、この安全配慮義務と無関係ではありません。もちろん社員が スキルの向上のため自主的に資格試験を受験する場合は別ですが、会社の指示・関与の程 度、試験の難易度、当該社員の通常業務の内容等の事情によっては、業務の一環と評価さ れる可能性があります。この場合には、会社としては、受験勉強とのバランスに配慮して 、通常の業務の面で一定の配慮をする必要も生じてくるかもしれません。特に裁量労働制 が導入されるようになった今日では、賃金計算の基礎となる労働時間の管理に加えて、労 働者の健康確保の観点からの労働時間の管理も重要といえます。 

     また、近年、各事業の労働災害の発生状況により労災保険率が増減するというメリット 制という制度が導入され、個々の労災中小企業事業主が労働者の安全衛生を確保するため の措置を講じた場合には労災保険率の増減幅が拡大するという特例もできました。したが って、労災防止努力を促進することは、紛争の予防だけではなく、常時のコスト削減にも つながるといえるかもしれません。



    メルマガ購読申込はこちらから

    弊所発行のメールマガジン「ビジネスに直結する判例・法律・知的財産情報」は、以下のフォームから行えます。

    登録メールアドレス    

     なお、入力されたメールアドレスについては厳格に管理し、メルマガ配信以外の目的では使用しません。安心して購読申込ください。



    法律相談等のご案内


    弊所へのご相談・弊所の事務所情報等については以下をご覧ください。



Copyright(c) 2013 弁護士法人クラフトマン IT・技術・特許・商標に強い法律事務所(東京丸の内・横浜)  All Rights Reserved.