製造業務委託契約書のサンプルと解説
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本ページでは、主として物品の製造を国内の他の事業者に委託すること念頭に、製造業務委託基本契約書について、さらにサンプルから各規定の意味や留意点などを解説します。
製造業務委託契約の基本知識
製造業務委託契約とは
製造業務委託契約・製造委託契約とは、委託者が、自社が定める仕様に基づき製品の製造や加工を委託し、受託者がこれを受託して製造を行う契約です。
法律上の厳密な議論としては、委託者が物品の材料等を受託者に供給する場合を製造委託契約といい、受託者が製品の材料等を自ら調達して委託者に製品を納める契約を「製作物供給契約」というとされていますが、実務上は両者いずれとも製造委託契約として扱われることが多いと思われます。
製造業務委託契約書の必要性
製造委託取引においては、多くの事項を定める必要があり、口頭だと認識の相違が生じやすいことから、製造業務委託契約書の作成はほぼ必須といえます。
例えば、製造対象物やその仕様の特定、検査と検収の進め方、製造物に不備があった場合の受託者の責任、取り交わされる秘密情報の保護、等々について定め、スムーズな取引の進行とリスクヘッジを図ることは非常に重要といえます。
基本契約とそうでない契約の相違
基本契約とは、一定の種類の取引を繰り返し行う相手方と締結する契約です。同じ相手方と繰り返し同種の取引を行う場合、取引のたびに毎回詳細な契約書を作成するのは手間がかかり非効率であるため、取引上、共通する事項についてあらかじめ定めておきます。その上で個々の取引ごとに個別契約や発注書で、個別の取引条件を定めます。
この点、製造委託契約なら、同種の製品の製造を繰り返し委託する場合や様々な種類の製品の製造を繰り返し委託する場合には、基本契約を締結し、個々の取引ごとに取引条件を定めた個別契約を締結したり発注書を取り交わすことが実務上は多く見られます。
他方、基本的には1回の製造委託取引を念頭に置いて契約を締結する場合は、基本契約を締結するのではなく、当該取引の条件を網羅した製造業務委託契約を交わすことが多いと思われます。
製造委託基本契約のサンプルと解説
以下、製造業務委託基本契約書のサンプルから、主要なポイントについてご説明します。以下は、主要条項の一部を取り上げますが、今後必要に応じ加筆する予定です。
なお、サンプル条文は、もっぱら条項の趣旨、目的、狙いを解説することを目的としています。それで、条項間の整合性については検証しておらず、必要な事項すべてを網羅しているとは限りません。また、各規定の有効性・執行可能性についての保証もありません。それで、本ページのサンプルを「雛形(ひな形)」としてそのまま使用することはご遠慮ください。
契約の目的
規定例
第*条 (本契約の目的) |
条項のポイント~契約目的の明示
契約の最初に、契約を締結する目的を明らかにするための条項を置くことは実務上多く見られます。上のサンプルでは、甲乙間の継続的な製造委託取引であって、かつ、甲が委託者・乙が受託者である取引に適用される基本契約であることを明示しています。
個別契約
規定例
第*条 (個別契約) |
条項のポイント1~個別契約の締結方法
個別契約の締結方法について定めます。個別契約についても双方当事者が押印する方式で締結することもありますが、製造委託契約においては、注文書を委託者が送付し、受託者が注文請書といった形で注文を受諾したときに成立するという方式が比較的多いように思います。
あるいは、受託者が予め提出した見積書に基づき委託者が注文書を送付した時点で個別契約が成立するという方式もあります。
条項のポイント2~個別契約の成立時期
また、個別契約の成立時期についても明確にする必要があります。上のサンプルにあるような、注文書と注文請書の方式ですと、契約上明確な定めがない場合には民法の規定が適用されます。
そして、2020年4月に施行された新民法では、契約の申込みに対する承諾は、相手方への「到達」の時点で効力が生じます(民法97条[カーソルを載せて条文表示])。なお改正前の民法では、契約の申込みに対する承諾は、相手方に到達しなくても、承諾の発信によって効力が生じるとされていました (改正前民法526条1項[カーソルを載せて条文表示])。
そして、上のサンプルでは、新民法の規定に沿った考え方を採用し、委託者が注文請書を受領した時点をもって個別契約が成立すると規定しています。
条項のポイント3~一定期間中に受諾の意思表示がない場合の処理
また、一定の期間内に受託者が諾否の意思を示さない場合の契約成立の有無についても、紛議を避けるために明確にするほうが望ましいといえます。成立するとみなす場合、成立しなかったとみなす場合等、個々の事情に合わせて定めますが、上のサンプルでは、迅速な取引の推進の観点から成立するとみなす、と定めています。
条項のポイント4~基本契約と個別契約の適用関係
基本契約と個別契約の適用関係を明示します。
上のサンプルのように、個別契約で基本契約と異なる定めを置かない限り基本契約が適用されるという規定を置くことが少なくありません。また、基本契約の規定と個別契約の規定に矛盾抵触があるときの優先関係も規定します。個別契約の規定が優先するとするケースがほとんどかと思います。
個別契約の変更
規定例
第*条 (個別契約の変更) |
条項のポイント1~個別契約の変更方法
いったん成立した個別契約は一方的に変更することはできません。しかし、当初予想できなかった事情で変更の必要が生じる場合はあります。そのため、個別契約の変更の方法について定めておく例は多く見られます。
上のサンプルでは、当事者の協議のほか、紛争防止の観点から、書面等の作成を義務づけています。
なお、ケースによっては、発注者側の一方的な通知で個別契約の変更ができるという定めを置く契約書もあります(その代わり受注者に生じた損害を補償する)。この場合は下請法との抵触等の問題を慎重に検討する必要があります。
条項のポイント2~個別契約の変更に伴う補償
個別契約の変更に伴う利害調整の措置として、補償の規定を定めることは珍しくありません。このような規定がないと、特に弱い立場にある受注者側は、発注者の都合での個別契約の変更を受け入れたために想定外の費経費が発生しても補償を求めにくくなるため、有益な規定であるといえます。
原材料等の支給
規定例
第*条 (支給材の支給) |
条項のポイント1~原材料等の支給の有無の定め
製造委託契約においては、発注側がすべての原材料を提供する場合、一部の必要な原材料を提供する場合、原材料の提供はせず受注側がすべて調達する場合があります。契約書で原材料の支給の有無や条件について定めることが少なくありません。
このサンプルでは、必要に応じて発注側が支給し、かつ有償又は無償の場合がありうる旨を明示しています。
条項のポイント2~原材料等の管理に関する定め
発注側が原材料等を支給した場合の受注側の管理の責任について定めます。特に原材料等を無断で他の用途に使用されたり横流しをされさりすることは避ける必要があるため、契約においても明示することは重要といえます。
納入・納品
規定例
第*条 (本製品の製造と納入) |
条項のポイント1~納入義務の定め
受託者における製造と納入の義務は製造委託取引にとって最も重要な義務の一つであるため、基本契約において明示することが一般的です。納入場所や納期については(特に後者)、取引ごとに異なることも少なくないため、個別契約において定めることが実務上多いと思われます。
条項のポイント2~納入にかかる費用の定め
納入費用(運送費等)をどちらの当事者が負担するのかについても明記しておく必要があります。上の例では原則受託者負担としつつ(納入のコストは委託代金に織り込む)、納入場所の変更による納入費用の増加については委託者負担としています。
条項のポイント3~納入期日前の納入
納入期日よりも前に受託者において納入の準備が整うこともあるかもしれません。この場合、サンプルのように、納期前の納入については委託者の承諾を要するという規定は少なくありません。
早ければ文句ないのではないか、という単純な話ではなく、委託者の側で、製品の保管や受入体制が整っていなければ、早く納入・納品されても処置に困ることがありますし、受け入れたとしても余計な保管コストがかかるほか、納入時期が想定の納期よりも前月になると製造委託代金の支払サイトが想定より早くなるなどの事態も生じうるからです。
条項のポイント4~納入遅延の場合の対応
納期の遅れが生じた場合の手当てについて検討する必要があります。一般的には、納期遅延の見込が生じた場合の売主の通知義務、実際に遅延した場合の効果として、契約解除と納入拒絶の権利、一定の遅延損害金の定め、特定の損害の負担など、納期遅延の対応について定めることが考えられれます。
ただし、あまりに厳しい規定だと合意に至る上での障害ともなりえますので、上のサンプルでは、比較的マイルドな規定として、納期遅延が生じるような事情が生じた場合の通知と協議を規定し、他方で誤解のないよう、当該義務と、納入遅延による責任の発生とは別問題であることを規定しています。
検査・検収
規定例
第*条 (本製品の検査と検収) |
条項のポイント1~検査と検収の定め
製造された製品についての受入検査についての定めを設けます。相互の認識の齟齬を回避するため、検査基準、検査期間、合格不合格の通知の方法といった事項を明確にしています。
条項のポイント2~検査期間内に通知がない場合の扱い
検査期間において合格・不合格の通知がない場合の効果を明示しておくことも必要です。紛争時にも、発注者側から検収の通知がない場合に検収の有無が争点になることが多いため、きちんと定めておく意味は大きいといえます。
契約不適合責任
規定例
1 甲は、本製品の検収後1年以内に、本製品の種類、品質又は数量が個別契約の内容に適合しないこと(以下「契約不適合」という)を発見し、かつ同期間内にその旨を乙に通知した場合には、乙は、甲の選択に従い、当該本製品の修補、代替品若しくは不足分の引渡し、又は代金の減額に応じる。 2 前項に加え、甲は、民法にしたがって、乙に対する損害賠償の請求、及び契約不適合にかかる個別契約の解除解除をすることができる。 |
条項のポイント1~契約不適合の内容
契約不適合の内容を明確にする必要があります。本サンプルでは、民法の規定に沿って広く「種類、品質又は数量」としています。
しかしながら、通常は種類や数量は検査時に分からないことはないでしょうから、品質に限定するという考えもあります。
またさらに、品質についても、単に「品質」とだけ定める書き方もあれば、仕様書に定める仕様への違反といった限定をする書き方もあります。
条項のポイント2~保証の始期と保証期間
保証の期間(契約不適合責任の期間)と始期を定める必要があります。
この点、2020年4月1日から施行された改正民法では、契約不適合(改正前は「瑕疵」)責任の追及ができる期間が変更されました。その結果、原則、契約不適合(瑕疵)を「知った時」から1年以内に通知をすればよいという形に変わりました(改正民法637条1項[カーソルを載せて条文表示])。
そのため、改正民法の施行後に締結された契約においては、瑕疵担保責任(契約不適合責任)の期間や始期を定めないと、受注者は長期にわたり契約不適合について責任を負うことになります。
この点、上のサンプルでは、契約不適合責任の始期を「検収時」とし、期間を1年としています。
条項のポイント3~契約不適合の場合の措置の定め
契約不適合違反が生じたときの措置や請求について定めます。
この点、民法で認められている契約不適合責任は、不適合の修補(修正)、代品の納入、代金減額、損害賠償、契約の解除です。なお、具体的な内容については、 「納入後の瑕疵(契約不適合)」のページをご覧ください。
上のサンプルでは、基本的には民法に準拠する形で、前記の各措置について定めています。
しかしながら、契約においては、契約不適合責任についての民法の規定を修正することができます。例えば、損害賠償責任は負わないという規定、契約解除は不適合が重大であって修補不能の場合に限定するといった規定がありえます。
製造物責任
規定例
1 本製品における製造物責任法に定める欠陥に起因して、甲、本製品の購入者、使用者、又は第三者がこれらの生命、身体又は財産等に対し損害を被ったときは、乙が自己の費用と責任で対応し、甲が損害を被らないようにする。ただし、当該欠陥の原因の全部又は一部が甲が指定した仕様又は供給した支給材によるときは、乙の責任は相応に減免される。 2 前項にかかる第三者から甲が損害賠償を請求された場合には、乙は当該損害及び対応費用(弁護士費用を含む)を補償する。 |
条項のポイント1~製造物責任に関する責任の明示
製造対象物について製造物責任が生じた場合の対応や責任関係について定めておくことは無用なトラブルの軽減に繋がります。
本サンプルでは、受託者が基本的に自己の費用で対応するとしつつ、委託者が責任追及を受けた場合の費用の補償についても触れています。
条項のポイント2~委託者側に責任がある場合の規定
欠陥の原因が委託者側にある場合もあります(指定した仕様や支給材等に原因がある場合)。また、原因が双方にある場合もあります。
こうした場合の乙の責任の免除や軽減についても触れておく必要があります。
条項のポイント3~追記を検討できる規定
以上のサンプルは実はシンプルで、リスクヘッジの観点からさらに追記も検討できます。
例えば、委託側が責任追及を受けた場合、受託側としては欠陥の存在や因果関係について争う必要性を感じているのに、委託側が無断で示談をしてしまって受託側に補償を求めるといった事態は好ましくないと思います。こうした事態を避けるための規定を設けることを検討できます。
他方、委託側としては、受託側の責任履行能力がない、というケースを考えると、必要なPL保険への付保を義務づける規定を設けることも検討できます。
契約期間
規定例
1 本契約の有効期間は、締結日から1年間とする。ただし、期間満了の3か月日前までに、いずれかの当事者が更新しない旨を書面又は電子メールで通知しない限り、本契約は、同一の条件で1年間自動的に更新され、その後も同様とする。 2 本契約が満了する場合も、その時点で履行未完了の個別契約がある場合は引き続き当該個別契約には本契約が適用される。 3 本契約が終了した場合であっても、第●条(契約不適合責任)、第●条(知的財産権の取扱)、第●条(製造物責任)、第●条(競業避止義務)、第●条(契約終了後の措置)、第●条(損害賠償)、第●条(準拠法)及び第●条(合意管轄)は引き続き有効に適用される。 |
条項のポイント1~契約期間と更新に関する規定の明示
契約期間や更新の有無を契約書で明確にしておくことは望ましいといえます。
なぜなら、こうした規定がないと、受託側にとっては一方的に取引を打ち切られるリスクが高まりますし、委託側としては、契約の不更新ではなく一方的に契約を打ち切ったとして責任を追求されるリスクが高くなるからです。
条項のポイント2~基本契約終了後の適用関係
基本契約が終了したとして、その時点で個別契約が残っているというケースもありえます。この場合の適用関係について明確にしておくことは重要といえます。
また、基本契約や個別契約のすべてが終了した後も、秘密保持義務のように引き続き効力を残すべき規定があります。この点も契約において明示することは必要かと思います。
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