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1.5 発明の進歩性~特許の実体的要件

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 本稿では、特許が登録される要件のうち、「進歩性」について解説します。実際、この要件は、特許出願において出される拒絶理由のうち最も多いものの一つであり、実務上重要な要件といえます。

「進歩性」とは

 進歩性とは、ある発明が、世の中にある先行技術に基づいて、当業者(その技術分野の専門家)が容易に成し遂げることができたとはいえないことをいいます(特許法29条2項[条文表示])。

 新規ではあっても進歩性がない発明に対して特許として独占権を付与することは、技術の進歩と産業の発展に寄与するという特許法の目的にかなわないため、進歩性がない発明は特許登録がされません。

進歩性に関する特許庁の審査基準

 進歩性の判断は非常に難しい問題が含まれていますが、特許の登録に当たってはまずは特許庁が審査・判断を下しますので、特許庁の審査基準をまずは理解する必要があります。

 以下、進歩性に関する特許庁の審査基準を解説します。

進歩性の判断手法

 審査基準によれば、進歩性は以下の手順で判断されます。

(1)出願された発明を容易に行うことができるかどうかの論理づけを行うのに最も適した引用発明を1つ選ぶ。

(2)出願された発明と選択された引用発明を対比して、両者の一致点と相違点を認定する。

(3)以上の認定事項に基づいて、当業者が引用発明から請求項に記載された発明に容易に到達しえたかどうかの論理づけを試みる(認定された相違点を導きだせる論理をつくることができるかどうかを試みる)。

(4)その結果、論理づけができた場合は進歩性なし、論理づけができなければ進歩性ありと判断する。

「論理づけ」

 また、上記(3)における「論理づけ」とは、選択された引用発明や他の引用発明に、出願された発明に対して起因又は契機(動機づけ)となり得るものがあるか否かを主な観点とします。

 また、進歩性の有無の判断に当たり、出願された発明の構成により得られる、引用発明に比較した有利な効果も考慮します。

 論理づけの例としては、以下のようなものがあります。

論理づけの具体例

最適材料の選択、設計変更

 以下のような行為は、これらを示唆する文献等がなくても、当業者が通常の創作能力の発揮により行えることであり、相違点がこれらの点にのみある場合、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者が容易に想到することができたものとする、とされます。

  • 引用発明に使用できる材料として、公知である材料の中から最適な材料を選択すること(最適材料の選択)
  • 引用発明で採用できる配合量や操作温度などの範囲の中で、最も好ましい値や好ましい範囲を選択すること(数値範囲の最適化又は好適化)
  • 技術の具体的適用に伴う設計変更

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • :赤外線エネルギーの波長範囲が略 0.8 より 1.0μm の赤外線波を用い送受信を行うことは、従来周知の事項であると認められ、緊急車の運転伝達装置にこれを適用することを妨げる特段の事情も窺えない以上、これを引用発明の運行伝達に適用することは、当業者にとって容易に想到し得た
単なる寄せ集め

 当該出願の発明を特定するための各々の構成要素が公知であり、かつ、それぞれの構成要素が、機能的又は作用的に関連しておらず、寄せ集めたことによる新たな効果も奏せられないという場合は、公知の事項を単に寄せ集めただけのものとして、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者が容易に想到することができたものとされます。

技術分野の関連性による動機づけ

 「動機づけ」の判断手法の一つは、当該出願にかかる発明(「本願発明」)と引用発明1の相違点を明らかにし、本願発明と対比した引用発明1において、本願発明の技術手段を適用する「動機づけ」があるか否かを検討します。「動機づけ」がある場合、当業者が、本願発明に容易に想到できたとする論理づけの手法です。

 また「動機づけ」とは、引用発明が複数ある場合には、以下のような手順で判断されることもあります。すなわち、当該出願にかかる発明(「本願発明」)と引用発明1の相違点を明らかにします。そして、本願発明と対比した引用発明1に、第2の引用発明の技術手段を適用すると本願発明に想到するとします。そして、引用発明1に、第2の引用発明の技術手段を適用する「動機づけ」がある場合、当業者が、本願発明に容易に想到できたとする論理づけの手法です。

 この点まず、ある発明が解決しようとする課題の解決に、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮であると解されます。それで、技術分野が同じであったり、又は関連性が高いということは、動機づけとなります。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • スロットマシンとパチンコゲーム機はいずれも遊戯ゲーム機であり技術分野の関連性が高く、パチンコゲーム機における打止解除装置をスロットマシンに適用する動機付けとなる。
  • カメラとオートストロボとは常に一緒に使用され技術分野の関連性が高く、カメラに設けられた測光回路の入射制御素子を、オートストロボの測光回路に適用する動機づけとなる。
  • 印刷インク回収装置と印刷インク供給装置は、同一の技術分野に属するから、印刷インク供給装置における切り換え可能な吐出・吸引ポンプという技術手段を印刷インク回収装置に適用する動機づけとなる。
課題の共通性による動機づけ
課題が同じ場合

 ある発明が解決しようとする課題の解決のために、同じ課題を解決する技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮であると解されます。それで、課題が共通することは、動機づけとなります。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • 鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって種々異なることは普通であり、替え刃式鋸において厚みの異なる鋸刃を交換して使用する技術的課題自体は、技術的課題と共通しているとした例
  • ラベルが仮着されている台紙を所定位置に停止させる点で、同一の技術課題を有するとして、この同一の課題を有することが、引用発明の技術手段を適用する動機づけとなるとした例
課題が異なるが、自明性・着想容易性がある場合

 出願にかかる発明の課題が一般的な課題であって、引用発明においても、当然に解決すべき課題であることが自明な場合、又は当業者が容易に着想できる課題である場合には、引用発明に関して、当該課題に基づいて当業者が容易に当該出願の発明に想到することがでたか否かを検討することになります。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • 本願発明の「費用及び空間を節約」という課題は、装置の構成を考える場合における自明な課題にすぎず、引用発明1、2も装置の発明として同じ課題を有していることは明らかである。そして、引用発明1の装置において当該課題を解決するために、当該課題を解決し得る引用発明2に記載された技術手段を採用することは、当業者であれば容易に想到できた。
  • 引用発明には、ゴルフクラブ用シャフトにおいて、「軽量であること」が重要
    な要求特性の1つであることが明示され・・ゴルフクラブのシャフトの軽量化を計るという本件考案の課題は、当業者において当然予測できる程度の事項である。
作用、機能の共通性による動機づけ

 ある発明が解決しようとする課題の解決に、同じ作用、機能を有する技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮であると解されます。それで、作用、機能が共通するということは、引用発明1に、引用発明2の手段を適用する動機づけとなります。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • 引用発明1のカム機構と引用発明2の膨張部材は、布帛をシリンダに接触・離反させるという同じ作用のために設けられており、同一の作用を有することは、引用発明1に引用発明2の技術手段を適用する動機づけとなる。
引用発明の内容中の示唆による動機づけ

 ある発明が解決しようとする課題の解決に、同じ作用、機能を有する技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮であると解されます。それで、作用、機能が共通するということは、動機づけとなります。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • 引用発明1のカム機構と引用発明2の膨張部材は、布帛をシリンダに接触・離反させるという同じ作用のために設けられており、同一の作用を有することは、引用発明1に引用発明2の技術手段を適用する動機づけとなる。
引用発明と比較した有利な効果

 引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されます。具体的には以下のとおりです。

引用発明と比較した有利な効果の参酌

 当該出願発明の請求項に関する発明が引用発明と比較した有利な効果を有している場合に、これを参酌して、当業者が当該請求項に関する発明に容易に想到できたことの論理づけを試みます。そして、当該有利な効果を有していても、当業者が当該発明に容易に想到できたことが、十分に論理づけられたときは、進歩性は否定されます。

 他方、引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである場合、進歩性が否定されないこともあります。例えば、当該有利な効果が、引用発明が有するものとは異質な効果を有する場合、又は同質の効果であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測することができたものではない場合です。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • 進歩性否定例:本願発明により製造された積層材が、強度等において従来のものに比べて若干優れた特性を有するとしても、それは当業者が容易になしうる選択にしたがい、別の樹脂を選んだ結果もたらされたものであり、進歩性の判断は左右されない。
  • 進歩性肯定例:引用発明に基づき本願発明のようなモチリン誘導体を製造することは当業者が容易になし得るが、本願モチリンが引用発明と同質の効果を有するものであったとしても、極めて優れた効果を有しており、当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであれば、進歩性があるものとして特許を付与することができる。
  • 進歩性肯定例:本願発明の効果は各構成の結合によりはじめてもたらされたものであり、かつ顕著なものであるから、本願発明は、各引用発明に記載されている公知な技術から容易に推考し得たとはいえない。
選択発明

 選択発明とは、上位概念で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現され、先行発明の明細書に具体的に記載されていないものを構成要素として選択した発明です。

 選択発明については、刊行物に記載されていない有利な効果であり、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有するとされています。

 例えば、過去の判決例等を見ると、以下のような例が見られます。

  • 本願発明は、彩度の点で引用発明より優れた作用効果を奏するが、その差異は引用発明の作用効果から連続的に推移する程度のもので、当業者の予測を超えた顕著な作用効果ということはできない。
数値限定を伴った発明

 数値限定を伴った発明とは、通常は発明を特定するための事項を、数値範囲により数量的に表現した発明と解されています。

 一般に、公知の発明に対して、実験によって数値範囲を最適化又は好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮でといえ、進歩性はないと考えられます。しかし、当該限定された数値の範囲内で、刊行物に記載された発明が有する効果とは異質な有利な効果、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有すると解されます。

 

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