2011-01-05 退職従業員の競業行為の適否

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1 今回の判例 退職従業員の競業行為の適否
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最高裁 平成22年3月25日判決

本件は、X社が、退職して自社と同種の事業を営むようになって自
社の顧客から仕事を受注するようになった元従業員Y1氏、Y2氏
、及びY1氏が代表を務める会社Z社に対し、損害賠償請求をした
という事案です。

以下長文ですが、裁判所が認定した事実は以下のとおりでした。

X社は、産業用ロボットや金属工作機械部分品の製造等を業とする
従業員10名程度の株式会社でした。

他方、X社の元従業員Y1氏は主に営業を担当し、元従業員Y2氏
は、主に製作等の現場作業を担当していました。

なお、X社とY1氏・Y2氏(以下「Y氏ら」)との間では、退職
後の競業を禁止する義務に関する特約等は定められてはいませんで
した。

Y氏らは、平成18年4月ころ、X社を退職して共同で工作機械部
品製作等に関する、X社と同種の事業を営むことを計画し、資金の
準備等を整えて、Y1氏同年5月31日に、Y2氏が同年6月1日
にX社を退職しました。

Y氏らは、休眠会社であったZ社を事業の主体とし,Y1氏が6月
5日付けでZ社の代表取締役に就任しましたが、その登記等の手続
は同年12月から翌年1月にかけてされました。

Y1氏は、X社勤務時に営業を担当していた複数の取引先に退職の
あいさつをし、退職後に被上告人と同種の事業を営むので受注を希
望する旨を伝えました。そして、Z社は、これら取引先のうち1社
(A社)から、平成18年6月以降、仕事を受注するようになり、
同年10月ころからは、他の取引先3社からも継続的に仕事を受注
するようになりました。これら取引先に対する売上高は、Z社の売
上高の8~9割程度を占めています。

X社は、もともと積極的な営業活動を展開しておらず,特にA社の
工場のうち遠方のものからの受注には消極的な面がありました。そ
して、Y氏ららが退職した後は、それまでに取引先から受注した仕
事をこなすのに忙しく、従前のように前記A社を含む4社に営業に
出向くことはできなくなり、受注額は減少しました。前記4社に対
する売上高は、従前、X社の売上高の3割程度を占めていましたが
、Y氏らの退職後は、従前の5分の1程度に減少しました。

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2 裁判所の判断
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裁判所は、以下の理由から、Y氏らにはX社に対する損害賠償責任
は認められないと判断しました。

● 上告人Y1氏は、退職のあいさつの際などにX社の取引先の一
部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの
、営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超え
て、被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり、被上告人の信用を
おとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認め
られない。

● 取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に
始まったものであり、退職直後から取引が始まったA社については
、X社が営業に消極的な面もあったから、X社とこれら取引先との
自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかが
われない。

● 退職者が競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義
務を当然に負うものではなく、Y氏らが競業行為をX社に告げなか
ったからといって、競業行為を違法と評価すべき事由ということは
できない。

● 諸事情を総合すれば、Y氏らの競業行為は、社会通念上自由競
争の範囲を逸脱した違法なものということはできない。

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3 解説
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(1)従業員の退職後の競業は禁止されるか

 以上のように、最高裁は、元従業員の転職の自由や独立開業の自
由など職業選択の自由が広く認められることを大原則とし、社会通
念上自由競争の範囲を逸脱したという特段の事情がない限り、退職
後の競業行為は違法な行為(不法行為)とはならないという立場を
取ったと理解されます。

 つまり、従業員は、就業規則に退職後の競業禁止が規定されてい
たり、その旨特別に合意をしている場合には、一定の範囲について
、退職後に元の勤務先と競業を行うことはできませんが、このよう
な合意がない場合は、原則として、従業員は退職後に元の勤務先と
同じ業務であっても自由に競業することができるということになり
ます。

 ただし、この場合であっても、元の勤務先の営業秘密に関する情
報を用いたり、信用をおとしめたりするなど、その競業行為の内容
・態様が自由競争の範囲を逸脱し違法、不当と認められる場合はあ
りますが、例外的な場合といえると考えられます。

 例えば、本事例は、退職のあいさつの際などに元の勤務先の取引
先の一部に対して独立後の受注希望を伝えること、その意味で本件
取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等が利用されまし
たが、裁判所は、この程度のことは、その結果として元の勤務先の
取引先が奪われたとしても、その行為自体としては自由競争の範囲
内であることを示しました(なお、具体的な事案に対する判断であ
るので、このような行為が一律許されると判断したとは断定できま
せん。)。

(2)ビジネス上の留意点

 会社の立場から見れば、退職社員による機密やノウハウ漏洩を防
ぐために、退職社員に競業避止義務を課す必要性を感じる場合が多
いと思われます。ここで留意すべきなのは、まずは競業避止義務の
特約を就業規則や社員の誓約書に明確に謳う必要がある、という点
です。確かに、例外的な場合には、明確な規定や特約がなくても結
果的に裁判所が競業行為を違法と判断する可能性もありますが、基
本的には明示の特約がない限り難しいと考えておくべきでしょう。

 また、この退職後の競業避止義務自体、経済的弱者である労働者
の生計の道を奪いその生存を脅かすおそれがあることから、就業規
則や誓約書などで定めたからといって無制限に効力が認められるわ
けでもありません。特約の内容(競業避止の内容)が必要最小限で
あり合理的であることが必要です。

 この合理性の判断は、以下のような要素から判断されることにな
ります。

 A 労働者の地位・職種
  会社の重要な機密やノウハウを持っていると認められ
  るような地位・職種にはない労働者に対する制限は無
  効とされる可能性が高いといえます。

 B 制限の期間
  期間無制限の競業避止義務は無効とされる可能性が高
  いといえます。退職後1~2年、せいぜい3年程度と
  いう場合が一般的です。

 C 制限の場所
  競業避止の場所的範囲も重要となります。特別な事情
  がないかぎり、地理的範囲を無制限とする特約は有効
  とされる可能性は低いでしょう。

 D 代償の存在
  課される制限に対して、労働者に対する経済的代償が
  なされることが、多くの場合求められます。在職時に
  特別な手当が支給されていたとか、退職金の増額、手
  当の支給という形で退職時に代償を支払うといったこ
  とが求められます。この場合、競業規制期間中の元社
  員の生活保障という見地から評価して見合うものであ
  る必要があると考えられます。

 以上のとおり、退職後の競業避止義務を課すことのできる場合や
、その効力は大変難しい法的判断が伴います。特に重要な社員が関
係するケースなどでは、個別事情を踏まえ、弁護士などの法律専門
家に相談しつつ競業避止義務の内容を慎重に検討する必要があると
思われます。



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