休業損害の解説 

 
このページでは、交通事故で傷害・後遺障害を負った被害者の方が賠償を受けられる可能性のある損害のうち、休業損害を中心とした問題につき、ポイントを絞って解説しています。

休業損害についての基本的な考え方

 休業損害とは、基本的に、事故被害者が事故による傷害やその治療のために仕事を休まざるを得なくなり、これにより給料その他の収入が減じてしまった場合の損害をいいます。

 休業損害については、受傷やその治療のために休業し、現実に喪失したと認められる収入額が休業損害の対象となります。

 しかし、休業損害は必ずしも有職者に限られず、主婦については家事労働に対しての休業損害が認められますし、無職の方や学生についても休業損害が認められる場合があります。以下、各場合についてご説明します。

有職者(有職主婦を除く)の場合の休業損害の考え方

給与所得者の場合

給与所得者の場合の基本的な考え方

 休業損害における典型例は、サラリーマンのような給与所得者についてであるといえます。この場合は現実の収入減を埋め合わせることが原則とされています。給与所得者の場合、事故前の現実の支給額を基礎とします。本給、各種手当、賞与も含みます。

 例えばサラリーマンが事故に遭い、治療や自宅静養のため1ヶ月間会社を休み、その間の給料をもらえなくなってしまった場合、得られるはずであった1ヶ月分の給料額を休業損害として請求します。

給与所得者の休業損害請求の具体的手順

 具体的な手続については、勤務する会社に「休業損害証明書」という所定の書類を作成してもらい、そこに治療等のために欠勤した日数を記入してもらいます。治療等のために遅刻・早退した場合も同様です。

 休業損害証明書には、事故直前の3ヶ月間の収入額が記載されますので、この3ヶ月間の収入の合計額を90日で除し、1日あたりの収入を算出します。これに欠勤等をした日数を乗じ、休業損害額を計算します。そしてこれを加害者(加害者が加入する保険会社)へ送付します。

 このように給与所得者の場合は休業損害の金額が分かりやすく、請求手続きにおいても争いが起こることは比較的少ないといえます。

 しかし有給休暇を使用した場合、賞与減額分を請求する場合、治療中に退職してしまった場合などは問題となることがあります。以下、それぞれのケースについて簡単にご説明します。

勤め先が休業損害証明書の発行を拒否する場合

 他方、ケースによって、勤務先が休業損害証明書を書いてくれないという場合もあります。このような場合、給与明細で直近の給与を証明し、かつ、診断書等・診療報酬明細書と通院日を、また出勤簿などで欠勤日を、それぞれ資料で裏付けて請求せざるをえなくなります。

有給休暇の使用

 治療で欠勤した日について有給休暇を使用した場合、この点についての補償はされるでしょうか。この点については、受け取る給料額は減じていなかったとしても、他の目的で使用できたはずの有給休暇の日数が減じてしまったという点で損害が発生していますので、これを休業損害として請求することができます。

 この点は、休業損害証明書にきちんと有給休暇を使用した日数と、これによる損害額を記載しておけば、保険会社が支払を拒むケースは少ないと思います。しかし、有給休暇を使用した旨は書いてあったとしても、これによる損害額が記載されていなかった場合、保険会社は、実際の収入減の部分しか支払ってこないでしょう(保険会社は当然気づいているのですが。)。

 保険会社が親切に有給休暇使用分の請求漏れについて指摘して自発的に支払ってくれることを期待べきではありませんので、休業損害証明書にはきちんと有給休暇使用による損害額を記載することが大切です。

賞与

 賞与については、「賞与減額証明書」を会社に作成してもらい、請求します。

 しかし、賞与額の決定については、社会の景気や会社の業績その他の要素も関係するため、難しい面もあります。単に事故後に受領した賞与金額が例年と比較して少ないというだけでは、その減額の理由がもっぱら交通事故によるものなのか因果関係が必ずしも明確ではないというわけです。

 この点、会社において賞与の支給基準が定められていれば、減額の理由について比較的容易に説明がつく場合もあります。そのような場合は、社内規定の写しや計算根拠などを保険会社に提出し交渉することになります。

治療中の退職

 事故による欠勤が長引いて会社に解雇されてしまったり、やむなく自主退職せざるを得なくなってしまった場合、再就職までの期間など一定の期間について休業損害を請求できる余地がありますが、そうした場合にも、退職と事故との因果関係が問題となることがあります。

 そのようなときは、事故前の被害者と会社との関係、被害者が行っていた仕事内容、欠勤の期間、欠勤が会社に及した影響などを含めて検討する必要があります。

 また、定年に近い年齢で事故に遭い、退職が早まってしまった場合などは、定年までにもらえたはずの給与を計算して休業損害として請求することができる場合もありますし、稼働実績に照らし、定年延長制度によって60歳を過ぎても就労した蓋然性が高いような場合は、定年後の休業損害の請求も検討できるでしょう。

会社役員の場合

役員報酬についての休業損害の基本的な考え方

 会社役員の報酬については、(1)利益配当の実質をもつ部分と、(2)労働の対価となっている部分があると考えられています。役員報酬について休業損害が認められるのは(2)の労働対価部分とされています。

 例えば、とても大きな会社の役員の場合、役員報酬は上記(1)の利益配当の実質をもつことが多く、仮に事故により数日や数週間程度欠勤したとしても、株主総会等で定めていた年間の報酬額に変更は生じず、その結果、収入に減少は生じなかった、つまり休業損害は発生しなかったという結論に至りやすいといえます。

中小企業の役員と休業損害

 しかし、日本における株式会社の大多数は、小規模の会社やいわゆる一人会社であり、会社の役員とはいっても、会社の業務の大部分、場合によっては業務のすべてを当該役員が行っている場合が多いといえます。そのような場合、役員報酬といえども、その実質は上記(2)の労働の対価であると考え、役員報酬の全額又は多くの部分が休業損害として認められることがあります。

 裁判例でも、役員報酬に占める労働対価部分の割合に関し、会社の規模、営業状態、役員報酬の額、当該役員の役割、年齢、職務内容、執務状況、従業員の給与等を総合的に考慮して、役員報酬の全額を労働対価部分であると判断したものや、8割、6割、5割と判断したものなどがあります。

 例えば、大阪地裁平成13年10月11日判決は、役員報酬全額を労務の対価とみるべきであるとして、休業損害の賠償を認めた例です。この事例では、当該役員が、特殊な車両の設計・製作技術者として高度な能力を有していたこと、同役員がもっぱら設計や製作を担当していたこと、同業務を代替できる社員がいなかったという事情が考慮されました。

事業所得者の場合

事業所得者の場合の基本的な考え方

 自営業者等の事業所得者についても、現実に収入の減少があった場合に、これを休業損害として請求することができます。個人事業者の休業損害は、原則として、事故前年の確定申告所得によって認定します。相当の変動がある場合は、事故前数年分を基礎とすることがあります。

 この点、確定申告所得に加えて、事業を継続する上で休業中も支出せざるをえない固定経費(家賃、従業員の給与)は、相当性がある場合、休業損害に含まれます。

申告所得と実際の所得の間に差がある場合

 しかし、事業所得者の場合は、算定の基礎となる事故前の所得について問題となることがあります。事故前の所得は、事故前年の確定申告所得額とするのが基本です。しかし、被害者が確定申告をしていなかった場合、あるいは、過小に申告がなされていたような場合には、実際の所得を立証しなければなりません。

 そのような場合は、客観的かつ信用性の高い証拠により申告をしていなかった所得の証明を行ったり、現実の生活水準からして申告所得額は低額に過ぎる旨を明らかにしつつ、申告所得を超える収入を得ていたと主張したりする必要があります。

確定申告をしていない場合

 好ましくないことではありますが、事業所得者の中には確定申告をしておらず、そのために保険会社から休業損害の支払を拒まれてしまう方もおられます。

 そのような場合には、確かに状況としては不利であることは否定できません。しかしながら、この場合も、預金口座の入出金の記録や毎月の生活費の明細、実際に受けた注文書などの証拠から、一定の所得があった旨を主張できる場合があります。

家事従事者(専業主婦、兼業主婦等)の場合

専業主婦の場合

専業主婦の休業損害の基本的な考え方

 家事のみに従事し、金銭的収入がない専業主婦について、そもそも休業損害が認められるのでしょうか。この点、専業主婦であっても、交通事故による傷害のために家事に従事できなかった場合に、休業損害が認められます。

 そして、専業主婦の休業損害を算定するための基礎となる収入額については、専業主婦において現実の収入額が観念できませんので、「賃金センサス」と呼ばれる全国賃金統計にある、女性労働者の平均賃金額を用いることが一般的です。

 それは、家事が重労働であり、これを金銭に評価すると、すなわち仮に家政婦を雇って家事労働をすべて行ってもらうと考えると、女性平均賃金程度、年収360万円程度(平成23年度の場合)に相当するという考えがあるためです。

 例えば、入院中は100%家事労働を行えず、退院後一定期間は70%の制限があり、その後治療が終了するまでの期間は50%の制限があったとして計算することがあります。また、傷害が重篤なケースでは治療期間全体について100%家事労働を行えなかったと判断した裁判例や、75%の制限を受けていたと判断した裁判例などもあります。

専業主婦の休業損害の算定例

 専業主婦の休業損害の例について、平成23年度の賃金センサスを使ってシミュレートしてみます。入院期間は1ヶ月、その後3ヶ月間は70%の家事労働への制限があり、続く3ヶ月間が50%の制限があったと仮定します。

 そして、平成23年度賃金センサスの女性の全年齢平均賃金は355万9000円ですので、月割りにすると、約30万円になります(損害賠償の実務では端数まできっちりと計算が行われますが、ここでは便宜上30万円として計算します。)。

 そうすると、休業損害は以下のとおり算定されます。

(1)入院期間: 30万円×100%×1ヶ月 = 30万円
(2)70%制限の期間: 30万円× 70%×3ヶ月 = 63万円
(3)50%制限の期間: 30万円× 50%×3ヶ月 = 45万円

 したがって、これら(1)から(3)までを合計すると、138万円という金額になります。

男性でも専業主夫としての休業損害は認められる

 なお、これまでの論述では「主婦」と述べましたが、家事従事者が男性である場合、いわゆる「専業主夫」の場合でも、前記と同様に考えます。ただし、この場合も賃金センサスは男性平均とはならず、女性平均を用いることが通常です。

兼業主婦(有職主婦)の場合

 パートタイマー、内職等を行う兼業主婦(有職主婦)についても、基本的に上記の専業主婦と同じように考えます。ただし基礎となる収入額については、実収入が賃金センサスを上回る場合は実収入を採用し、実収入が賃金センサスを下回る場合は賃金センサスを採用します。

 なお、兼業主婦は、パートタイム等の仕事を行う他に家事労働も行っているのですから、基礎となる収入額としては、賃金センサスによる平均賃金とパート収入を合計したものとすべきではないかという考えもありますが、実務では直接的には採用されていません。これは、正当か否かは別として、本来主婦業は24時間労働であり、これを賃金センサスという平均賃金をもって評価していたところ、その一部の時間を割いてパート収入を得たとしても、それは主婦労働の一部が現実の収入へと転化したにすぎないと考えられているためと思われます。

 もっとも、例えば30代の女性でパート収入があり、かつ夫や幼児の世話をするなど家事負担も重いケースでは、賃金センサスについて、全年齢平均より高い年齢別賃金センサスを使い、間接的にパート収入分を認めた判例もあります。

 交渉実務においても、個々の事情を検討し、増額して請求を行うこともあります。

交渉の留意点

 休業損害は、給料が減った分の穴埋めということで、比較的シンプルなものと思われる方も多いかもしれませんが、上述したとおり実はたくさんの問題点があります。その中でも、特に注意が必要なのは「家事従事者」における休業損害かもしれません。

 一般的に少なからぬ保険会社が、休業損害に限らず多くの損害項目について裁判例に基づく基準よりもずっと低額な提示をしてきますが、家事従事者の休業損害についてはその傾向が強いといえるかもしれません。

 その理由は、主婦の方は普段ご主人より家事労働に対する給料を受け取っていないため、保険会社から「休業損害を支払えます。家事が行えなかった分です。」との説明を受けると、本来はもらえないものをもらえるという、少し得をしたような錯覚を持ち、提示された金額の当否を検討せずに保険会社の提示を受け入れてしまうことにあるのかもしれません。

 例えば、自賠責保険では、「休業した日数×5700円」という基準がありますので、専業主婦の場合は、自賠責保険から填補されるものとしては、通常は実通院日数×5700円となります。それで、任意保険会社としては、この範囲で収めることができれば、休業損害については自賠責保険から全額填補されるため、自社の負担額が発生しません。それで、休業損害の金額をこの範囲に収めようとして、「自賠責の基準です。法定された金額です。」といった説明を加え、あたかもそれ以上は請求できないような印象を被害者に与えようとするという例も散見されます。

 しかし、保険会社の提示する金額では20万円や30万円となる場合でも、交渉によって休業損害額が100万円以上となる余地のあるケースは珍しくありません。それで、家事従事者(専業主婦、兼業主婦を問わず)の方については、保険会社の提示内容が十分な賠償であるかについて、一度弁護士に相談されることをお勧めいたします。

無職者・学生の場合

無職者の場合

原則

 無職者の休業損害については難しい問題があります。休業損害は、現実的な収入の減少を填補するものですから、失業されている方については原則として休業損害は発生しないと考えられるのが一般的です。

 しかし、労働能力と労働意欲があって、就労の蓋然性のある場合、休業損害が認められます。例えば就職が内定していた場合とか、治療期間内に職を得る可能性がある程度高かった場合でこれを立証できる場合には、休業損害が認められることがあります。

事故により退職した場合

 しかし、事故により勤務していた会社を退職せざるを得なかったという場合、事故と退職との因果関係が証拠により証明できれば、事故がなければ得られたであろう給与分を休業損害として請求できます。

専業主夫の場合

 家事従事者が男性である、いわゆる「専業主夫」の場合でも、専業主婦と同様の休業損害が認められます。この場合の基礎収入として用いられる賃金センサスは男性平均とはならず、女性平均を用いることが通常です。

学生の場合

 学生については、アルバイト等の収入があった場合は認められますが、収入がなければ認められません。ただし、事故により就職が遅れてしまった場合の損害は認められます。

 例えば事故に遭わなければ4月1日より就職できたものの、傷害のために数ヶ月遅れてしまったとか、傷害のために就職活動が行えなかったため1年間の就職遅れが生じてしまったような場合、その損害を請求することができます。

ご注意事項

本ページの内容は、執筆時点で有効な法令・法解釈・基準に基づいており、執筆後の法改正その他の事情の変化に対応していないことがありますので、くれぐれもご注意ください。

ページトップへ戻る
Copyright(c) Craftsman LPC All Rights Reserved.