4.6 商標の先使用権の解説

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 他社商標権の侵害の項目で述べたとおり、他社から商標権侵害の警告を受けた場合の一つの対抗手段として「先使用権」を主張できる場合があります。

 本稿では、先使用権を主張できるのはどのような場合か、実務的に考慮すべき点を検討します。

先使用権のアウトライン

先使用権とは

 先使用権とは、ある他人の登録商標について、その商標を出願する前から、自己がこれと同一又は類似の商標を使っており、かつそれが周知(自己の業務にかかる商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること)になっている場合に、引き続き自己の商標を使うことが認められる権利をいいます(商標法32条)。

先使用権が認められる要件

 先使用権が認められる要件は、以下のとおりです。

  • 他人の商標登録出願前からその商標を使用していたこと
  • 不正競争の目的ではない使用であること
  • その商標が自己の業務にかかる商品・役務(サービス)を表すものとして需要者の間に広く認識されていること
  • 継続してその商品・サービスについてその商標の使用をしていること

 以下、それぞれの要件について検討することとします。ただし、前記のとおり、自社の商標が、他人の当該商標の出願時に「需要者の間に広く認識されていること」という要件を裏づける事実の立証は相当に困難であり、先使用権が認められることは非常に少ないと考えておくのが現実的です。

先使用権の要件~周知性

周知性とは

 「需要者に広く認識されている」という要件は、「周知性」といわれる要件です。すなわち、使用している商標が、自己の業務にかかる商品や役務(サービス)を表示するものとして需要者の間に広く認識されているという要件です。

なお、この「広く認識されている」とは、日本全国にわたって広く知られていることまでは必要とせず、一地方において広く知られている場合でもよいと解されています。もっとも、その「地方」の範囲についての見解は争いがあります。この点については、後記「周知性の程度」の項目で詳論します。

周知性獲得の時点

 周知性獲得の時点は、いつでもよいというわけではありません。商標法において定められているとおり「登録出願の際、現に」周知であることを要します。なおこれは、更新登録出願の時点は含まれません。

 しかたがって、「登録出願」の後に周知となった場合はこの要件を満たしません。また、以前周知であったものの、登録出願時には既に周知性を失っていた場合にも、この要件を満たさないことになります。

周知性の範囲

 周知性の範囲については、様々な見解があり統一的なものはないというのが現状ですが、商品の種類、性質、業態、取引の実情等からケース・バイ・ケースで判断されているのではないかと考えられます。

 また、先使用権の地理的範囲も、周知性が認められる地域的範囲に限られることになります。

 以下、過去の裁判例から具体例を検討したいと思います。

周知性肯定例

福岡地裁柳川支部昭和36年9月15日判決

 裁判所は、ラムネ・サイダーに関する商標について、一県内の一地方及び隣接する隣県の一部で周知であればよいと判断しました。

大阪地裁昭和50年6月7日決定

「競馬ファン」という新聞に関する周知性について、「登録商標の出願時には、『競馬ファン』なる題号の新聞は少くとも関西地区の中央競馬の関係筋やファンの間では周知であった」と述べ、周知性を肯定しました。

東京高裁平成5年7月22日判決

 デザイナーブランドである被服の企画・販売に関する「ゼルダ、ZELDA」という商標に関し、裁判所は、デザイナーブランドと全国的規模で広告宣伝し大量販売するナショナルブランドとの差異を詳細に説示し、流通段階におけるバイヤーをその需要者として捉えるのが相当であると述べた上で、「需要者」としての婦人服のバイヤー、すなわち問屋や一般小売業者の間で広く認識されていた、と判断し周知性を肯定しました。

大阪地裁平成21年3月26日判決

 餃子の製造販売に関する商標「ケンちゃん餃子」に関し、関東及び甲信越地方の1都11県を中心に需用者の間に広く認識されるに至ったと判断し、これらの地域において先使用権を肯定しました。

周知性否定例

大阪地裁平成9年12月9日判決

 同判決は、ラーメンを主とする飲食物の提供という役務に関する商標の周知性につき、地理的範囲が水戸市及びその隣接地域内にとどまるという事案につき、「せいぜい二、三の市町村の範囲内のような狭い範囲の需要者に認識されている程度では足りないと解すべきである。」と述べ、「周知」を否定しました。

周知性を裏づける事実・立証のために収集すべき証拠

 周知性の立証については、ある一つの証拠があれば立証できるというものではありません。あらゆる観点から徹底的に収集する必要があります。

 裁判例が周知性の認定において表れた事実のうち主なものをあげると、以下のとおりです。

  • 実際に使用している商標と、使用にかかる商品・役務を裏づけるもの
  • 使用開始時期と試用期間を裏づけるもの
  • 使用地域を裏づけるもの
  • 数量や営業の規模を裏づけるもの(売上高、販売数、店舗数)
  • 広告宣伝の態様、回数及び内容を裏づけるもの(広告費の金額、宣伝広告の実物、数量・回数、広告地域、ウェブサイトのアクセス数)
  • 当該商標や商品・役務の評判を裏づけるもの(新聞、雑誌、インターネットの記事等)

先使用権の要件~商標の継続使用

継続使用の意味

 先使用権の要件として、先使用権が成立した時点(他人の登録出願前)から、現在まで(すなわち商標権に基づく差止請求を受けた時点)まで、継続して使用することを要します。

なお、この「継続」とは、どんな短い中断も一切許されないという意味ではありません。継続の意思が客観的に認められる限りにおいて、例えば季節的中断等によって正当な理由がある場合(例:スキー場が夏季に休業する場合)には、一時的中止があっても差し支えないと考えられています。

他方、営業が廃止された場合には、商標の継統使用の状況も終了します。それで、その時点で先使用権も当然消滅します。この場合、その後営業を再開しても、従前の先使用権が復活することはありません。

他者から業務を承継した場合

 この点で、他者(先使用者)から、使用している当該商標に関する業務を承継した者も、先使用者と自己の商標の使用を通じて、先使用権を主張することができます。この業務の承継は、出願の前後や関係する登録商標の登録の前後を問いません。

 なお、この先使用権の承継は、業務の承継に伴って認められるものであり、業務の承継と切り離して先使用権のみを承継させることはできません。

地域団体商標と先使用権

 商標法は、地域団体商標に関しての先使用権についても定めています。すなわち、地域団体商標の出願前から、日本国内において、不正競争の目的でなくその商標を使用していた者は、先使用権を有します(商標法32条の2第1項)。

 この場合には、先に申し上げた先使用権とは異なり、先使用権の発生において、商標登録出願時において使用していた商標については周知性は必要とされません。これは、団体に属さない事業者が現にある商標を使用して事業活動を行っていた場合、地域団体商標の登録によってその商標が使用できなくなるという事態が発生することは衡平にかなわないと考えられるからです。

 

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