契約書なしでのシステム開発の着手と費用請求

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契約書が未締結の段階での開発着手

問題の所在

 ある開発案件について、ユーザーに提出した見積や工期について内諾があると、通常は「契約書のドラフト→契約書の内容についての交渉→調印」、というプロセスを経て契約を締結します。

 しかし、こうした契約書のドラフトから調印までの間の交渉は意外と時間がかかるため、ベンダーが、所定の納期に間に合わないことをおそれて、またはそのような懸念を持つユーザーからの要請で、契約書が未調印の段階で開発に着手することは実務上ありえます。

 ところが、契約書に関する交渉に時間がかかっている間に、ユーザーの内部事情の変化によって、また社内の稟議や経営会議で開発案件が正式承認されなかったといった事情で、ユーザーが開発の中止を通告する、という事態もないわけではありません。

 そしてこの場合、えてして、ユーザー側は、ベンダーの作業について、「正式発注前の段階であって営業活動の一部だと思っていたから、まさか費用が発生するとは思わなかった。予算も取っていないし稟議も経ていない」といった言い分を述べます。

 これに対し、ベンダーは、「こんなに工数がかかる作業を無償でやるわけがない。顧客もそんなことは分かっていたはずだ」と考えます。

 それで、こうしたケースでは、以下のような問題が生じます。

  • 開発委託契約は成立したといえるか否か
  • 仮に契約が成立していないとしても、ベンダーは開発費用をユーザーに請求できるか否か
  • ベンダーがユーザーに対して何らかの損害賠償を求めることができるか否か

 次項以降で、契約書がない状況での開発委託契約の成否が問題となった裁判例をご紹介しますが、実務上は、後日の紛争に頼るわけにはいきません。それは、正確に紛争の結果を見通すことはできない上、紛争自体大きなコストとストレスを抱えることになるからです。

 それで、契約書がないがに開発に着手せざるをえず、かつ有償作業を前提とする場合の実務上の留意点の例について、ベンダの立場からご説明します。

実務上の対応方法

 簡単にいえば、発注者の間で、特定の開発案件について有償で開発の委託を受けたことを示す「客観的なエビデンスを残す」ことが最も重要です。

エビデンスに残すべき内容

 着手する作業内容と、金額若しくは単価、又は最低でもそれが有償であることを残します。

 また望ましくは、正式契約に至らなかった場合は費用を精算する意思があることを旨を記載します。

エビデンスの例

 ■仮発注書・依頼書といった書面を発注者からもらう

 ■議事録を残す

 議事録についてはメール等で相手方の確認を経るプロセスを設け、そのプロセスを保存する。

 ■メールやビジネスチャット等

 相手から、同意したことを示す返信をもらう。

 ただし、前述の証拠があれば常に契約の成立や費用に請求が認められるわけではありません。したがって、契約書の締結前の着手は極力避けるほうが望ましいことはいうまでもありません。

開発委託契約に関する合意の有無に関する裁判例

開発委託契約の成立の有無に関する裁判例

 システムの開発は、通常は金額が大きい上、合意すべき内容も多岐にわたるため、契約書がないということは契約成立を否定する大きな要素となることは事実です。

 もっとも、契約書がないからという理由だけで、契約の成立が常に認められないというわけではありません。ある当事者間で、ある契約成立が認められるか否かは、契約書の存在の有無を含め、一切の事情から当事者間で、契約成立に至ったといえる程度に具体的な内容において意思の合致があったと認定できるか否かで決定されます。

 それで、この判断についてはケースバイケースとしかいいようがありませんが、例えば以下の裁判例は参考になると思われます。

契約成立否定例:東京地裁平成17年3月28日判決

 同事件では、ユーザーA社が、ベンダB社を含む3社に見積書の提出を求め、主としてB社との交渉を開始しました。しかし、最終的に、B社が提案した見積額についてA社の社内稟議が通らず、システム導入が延期されました。

 これに対し、B社は、既に請負契約は成立しているとし、A社が一方的に契約解除したことを理由に損害賠償請求をしました。

 B社は、キックオフミーティング議事録にA社が押印していることや、A社が有償作業へ移行したことを了解していた等と主張しました。しかし、裁判所は、従前の経緯から当該ミーティングは単なる打ち合わせに過ぎず、A社の出席に特別な意味はなかったとし、さらにA社が有償作業へ移行したことを了解していたという事実も認めませんでした。

契約成立否定例:名古屋地裁平成16年1月28日判決

 ユーザーである自治体Aと、ベンダB社との取引に関する紛争です。総合OAシステムの導入には成功しましたが、自治体Aは、AB間には基本契約が成立しており、基本契約では、総合OAシステム、住民記録・税関連システム等で構成される有機的一体としての総合行政システムを期限内に導入することがB社の義務であったが、B社の債務不履行で当該導入ができなかったとして損害賠償を請求しました。

 これに対し、B社は、そのような基本契約は成立していないとし、税関連システムについては個別契約が成立しているという理由から、当該システムに関する請負代金を請求しました。

 裁判所は、AB間においては、総合行政情報システムの導入にかかる漠然とした合意があったに過ぎず、カスタマイズ費用などの重要な点につき具体的な内容が確定していない段階だったから、当事者が主張する基本契約も、税関連システムにかかる個別契約も成立していなかったと認定しました。

契約成立肯定例:東京地裁平成29年6月23日判決

 同事件では、ベンダーからユーザーに契約書は送付されていたものの、双方の記名押印がなされないまま、要件定義完了の段階で開発が中止となったというケースです。

 この案件では、当事者間で以下のドキュメントのやり取りがありました。

  • 提案依頼書と提案書
  • 発注内示書と応諾書
  • 要件定義フェーズ完了報告及び要件定義書
  • 発注書と発注応諾書
  • 再見積書

 その上で裁判所は、こうしたドキュメントの記載内容(納期や金額)に加え当事者間のやり取りを踏まえ、両当事者間で契約が成立したといい得る程度までその合意内容が確定していることから、契約の成立を認めました。

契約成立肯定例:広島地裁平成11年10月27日判決

 同事件は他の事件と毛色が異なり、ユーザ側が開発委託契約の成立を主張し、ベンダ側がこれを争った案件です。

 A社はB社に対し、基幹業務に関するソフトの開発を委託しました。同ソフトはB社が開発した後、B社の関連会社であるリース会社C社に売却され、C社からA社に対してリース物件として引き渡される予定でした。

 そして、A社とB社との間にはソフト開発に関する契約書は作成されず、A社とC社との間でリース契約書が作成されたのみでした。そして、B社が納入したソフトに欠陥があったことから、A社はB社に対し、両者間には請負契約があるとして、請負契約に対する債務不履行を理由に損害賠償を請求しました。

 裁判所は、A社とB社との間で交わされた、仕様書、提案書、基本設計書のやりとりや、打ち合わせ議事録の内容から、両者間で請負契約が締結されたものであり、リース契約は、金融を得る手段に過ぎないと判断しました。そして、B社の請負契約に対する不履行を認定し、A社の請求を認めました。

開発費用の精算や負担に関する合意の成立の有無に関する裁判例

 前記のほか、開発委託契約の成立まではなかったものの、開発費用の負担や精算について何らかの合意があったか否かが問題となるケースもあります。

 この点も、当事者間で作成された書面の存在や内容、また当事者間のコミュニケーションの内容等の一切の事情から、当事者間にどんな意思の合致があったと認定できるか否かを考えていくことになります。

 究極的にはケースバイケースということに帰着しますが、例えば以下の裁判例は参考になると思われます。

費用負担合意肯定例:東京地裁平成12年9月21日判決

 A社は、ある独立行政法人(発注者)の公募事業にかかるシステムの開発・運用事業への応募を検討し、B社と、発注者に対するシステムの提案及び開発について共同事業をすることに関して協議を開始しました。

 A社は発注者から当該システム開発を受注しましたが、A社とB社間で請負代金の金額等の条件の折り合いがつかず共同事業を解消しました。B社はA社に、共同事業の解消までにB社が費やした費用を請求しました。

 裁判所は、A社が、B社によるシステム開発作業への着手を認識した上で、口頭で開発費用も含めた清算の合意をしたと認定し、開発費の一部の支払を認めました。

費用負担合意肯定例:東京地裁平成17年9月21日判決

 あるシステムの導入を検討していたA社は、B社と、当該システムに関する技術的課題について検討することを内容とする覚書を締結しました。そして技術的課題が解消されたので、A社はB社に対し、B社のシステムを採用する旨の通知を行いました。

その後、当該システムを利用したサービスの開始直前に、A社はセキュリティ上の理由からシステム仕様の変更を要求してサービス開始が延期され、結局A社は当該システムの不採用に至りました。

 それで、B社はA社に対して、同システムの開発費用及び当該遅延によって生じた損害等の賠償を求めました。

 裁判所は、覚書の締結について、一定の条件を充足すればシステムを採用するとの合意があったと認定し、かつ当該条件は充足されているので、A社は所定の時期にサービスを開始する義務があったと認定し、B社の請求を認めました。

 なお、A社が主張したセキュリティの問題については、裁判所は、A社が当初からセキュリティ上の問題を認識しており後に検討することとしていたと認定した上で、サービス開始の延期を正当に理由づけるものとはならないと判断しました。

商法512条に基づく報酬の請求

商法512条の規定の内容

 仮に開発委託契約の締結が認められず、契約締結に先立つ作業について有償の合意があったと認められない場合でも、商法512条に基づく「相当な報酬」の請求が認められる場合があります。

 商法512条は、「商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる」という規定です。つまり、ベンダが行った行為が、自己の営業の範囲内であるといえる行為を行い、かつ、それが他人(ユーザ)のためであると認定される場合には、「相当な報酬」を請求できるということになります。

 ただし、ベンダとユーザとの間に報酬が発生しないとの合意(黙示の合意を含む)がある場合や、取引慣行や商慣習上、無償と考えられているものについては、報酬請求権はありません。

「相当な報酬」の算定方法

 「相当な報酬」の算定方法は、ケースによって様々です。裁判例にあった例を挙げれば以下のとおりです。

  • 追加開発部分のステップ数と「1人日当たりの作業可能ステップ数」に基づき、追加開発部分の作業量(人日)を算出
  • プログラム1本当たりの単価に追加開発したプログラム数を乗じる
  • 一定期間の準委任としての作業対価を基準として、追加開発の期間に基づき算出

 

 

 


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