取締役の退任(任期満了・辞任)

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取締役の退任事由

 会社の取締役がその地位を失う(退任する)理由となるものには、種々のものがあります。具体的には以下のとおりです。

  • 辞任
  • 解任
  • 任期満了
  • 欠格事由の発生
  • 死亡
  • 会社の解散

 本ページでは、取締役の任期満了による退任のほか、実務上多くの問題が生じ、紛争の種になりやすい、任期途中の辞任についてご説明します。なお、紛争の種になりやすい「解任」については、取締役の退任・辞任のページをご覧ください。

任期満了による退任

任期満了による退任の方法

 取締役には一定の任期があります。そして、任期満了時に再任されなければ、取締役の地位は自動的に失われます。

 取締役の任期は原則として、就任から2年以内に終了する最後の事業年度に関する定時株主総会の終結時までです(会社法332条1項[カーソルを載せて条文表示])。

 例えば、12月末決算の会社で、2018年4月に取締役に就任した取締役であれば、2019年12月末日に終了する決算期の後に行われる定時株主総会の終結時までが任期です。仮にその定時株主総会が2020年3月20日に行われるとすれば、その日の株主総会の終結までということになります。

 そして、仮にその取締役が、その日の株主総会で再任されなければ、取締役としての地位は終了するということになります。

任期の原則と例外

 上のように、取締役の任期は原則2年ですが、定款又は株主総会の決議によって、その任期を短縮することが可能です(会社法332条1項ただし書)。多くの上場企業は株主から毎年の信任を受けることが望ましいとの考えから、任期を1年に短縮しています。

 他方、株式の譲渡に制限のある企業(一般には中小企業)では、原則として、定款によって、任期を最大10年まで伸ばすことが可能です(会社法332条2項[カーソルを載せて条文表示]

 この点、取締役を退きたいが、種々の理由から任期途中の辞任は避けて円満に任期満了で退任したいと思っておられる方もおられると思います。

 この場合、会社の定款を確認して、ご自分の会社の取締役の任期が何年なのかをチェックする必要があります。

取締役の辞任

 会社の取締役に就任し、業務を行っていたものの、何らかの理由で取締役を辞任したいと考える場合が生じるかもしれません。

 雇用関係にある労働者に比べると、取締役としての辞任については法律上考慮すべき点があります。

取締役が辞任できる時期

原則~いつでも辞任可能

 取締役は、いつ辞任ができるのでしょうか。結論的には、原則としていつでも辞任できます。

 それは、会社と取締役との関係は委任契約であるところ、民法の規定では、委任契約はいつでも解除できるとされているからです(民法651条1項[条文表示])。

 そして、辞任したい場合は、会社に対し、辞任したい旨の意思表示をすれば、辞任の効力が生じます。会社代表者や株主の承諾を得る必要はありません。

 もっとも、辞任のタイミングによっては、会社に対し損害賠償責任を負う場合があり、この点は注意が必要です。その詳細は、「取締役の辞任と会社に対する損害賠償責任」の欄をご覧ください。

取締役の辞任時期を制限する特約の有効性

 なお、取締役と会社との間で取締役任用契約が締結されており、その中で、辞任の時期に制限を加える特約が定められているということがあるかもしれません。場合、その特約は有効でしょうか。

 この点、大阪地裁昭和63年11月30日判決は、会社側が、一定の取締役の承認がなければ取締役を辞任できない旨の特約があったと主張したのに対して、「何時でも取締役を辞任することができる自由に反する特約は効力を有しない」と判断しました。

 したがって、こうした裁判例は一定の意味を持つものと考えられます。

取締役辞任の方法

書面によることが望ましい

 辞任の意思表示は口頭でもよいとされていますが、通常は、辞任の旨を明確にするために、辞任しようとする取締役が代表取締役に辞表を提出したり、辞任する旨を書面で通知したりします。

 なお、辞任届への押印は認印で問題ありませんが、代表取締役を辞任する場合には、退任登記の関係上、「自己が印鑑届をしている会社の実印」か、又は「個人の実印+印鑑証明書」が必要、とされています。

代表取締役自身が辞任する場合の通知の方法

 では、会社の代表取締役自身が辞任したい場合はどうすればよいでしょうか。この場合、他にも会社の代表者がいるときはともかく、そうでない場合は、まず取締役会を開いて後任の代表者を選任し、同時に辞任することになります(東京高裁昭和59年11月13日判決)。

 もっとも、任期途中で辞任するという事態においては、会社が正常な状況ではなく、上のような手続きを踏むことが難しい場合があることは当然想定されます。この点、別の判例は、取締役全員に辞任の意思が了知されれば辞任の効力が認められるとしています(岡山地裁昭和45年2月27日判決)。

 それで、他の取締役全員に辞任の通知をなせば足りることが少なくないと思われます。

 ただし、代表取締役が欠けた場合には、退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役が就任するまで、なお代表取締役としての権利・義務を有します(権利義務承継代表取締役。会社法351条1項[条文表示])。この点の解決が必要であり、この点は「取締役としての権利義務が残る場合」の欄をご覧ください。

唯一の取締役が辞任する場合の通知の方法

 では、取締役会非設置会社の場合にありうる、会社の唯一の取締役が辞任したい場合はどうすればよいでしょうか。この場合は非常に難しい問題があります。

 もっとも、唯一の取締役が辞任する場合には、幹部従業員に対し辞任の意思表示受領権限を与え、これに対して辞任の旨伝えればよいと考えられる可能性があります。

 この点、有限会社の取締役兼代表取締役のケースですが、仙台高裁平成4年1月23日判決は、有限会社の取締役兼代表取締役が、他の会社幹部と意見が合わずかねてより辞意をもらしていたところ、自宅を訪問した会社幹部職員に辞任届を書いて渡したというケースで、辞任の効力を認めました。

 上のケースは、当該取締役が辞任の撤回を主張したところ裁判所が辞任の撤回を認めなかったという場面での判断ではありますが、参考になると思われます。ただしこの場合、辞任の効力とは別に、次の取締役が選任されるまでは、権利義務承継取締役として、取締役としての職務権限と義務が残るという点は留意する必要があります(この点は、後述の「権利義務承継取締役」の欄を参照ください)。

取締役の辞任と会社に対する損害賠償責任

損害賠償責任を負う場合

 先ほど、取締役はいつでも辞任できると書きましたが、1点留意すべき点があります。

 それは、その辞任が、会社のために不利な時期になされた場合は、会社の損害を賠償しなければならない、という定めがある点です。もっとも、取締役にとってやむを得ない事由があるときは損害賠償の責任はありません(民法651条2項[条文表示])。

「不利な時期」とは

 ではこの「不利な時期」とは何をいうのでしょうか。一般的には、取締役が辞任したとき、会社が遅滞なく他人にその事務処理を委任するのが困難な時期などをいうと考えられています。

 したがって、辞任する取締役が、すぐに代替がきかないような業務について、後任への引継ぎも行わず、通常であれば引継ぎができる期間も置かず突然に辞任したという場合、「不利な時期」という判断がなされる可能性があります。ただしこの点は、ケース・バイ・ケースの判断である点、留意が必要です。

「やむを得ない事由」とは

 他方、取締役の辞任は、会社にとって「不利な時期」になされたものであっても、「やむを得ない事由」がある場合には取締役は損害賠償責任を負いません。この「やむを得ない事由」とは何を意味するのでしょうか。

 これについては、フランス民法2007条2項に定められている「受任者自ら重大な損害を蒙ることなしには、その委任事務を継続することができない場合」をいうものと解されています。例えば重大な健康の問題が生じ、取締役の職務の継続が健康に重大な影響を与えるという場合はこれに該当するものと考えられます。ただしこの点も、ケース・バイ・ケースの判断である点、留意が必要です。

 また、やむを得ない事由の立証責任は当該取締役にあると考えられていますので、やむを得ない事由を主張した辞任を考える場合、それが立証可能な事由なのか、弁護士等の専門家に相談しつつ検討が必要と思われます。

取締役としての権利義務が残る場合

権利義務承継取締役

 取締役の辞任において注意しなければならない点が一つあります。

 会社法は、ある取締役の辞任によって、取締役の最低人数を欠く場合、辞任した取締役が、新たに選任された取締役が就任するまでの間、取締役としての権利義務を有すると規定していることです(会社法346条1項[条文表示])。

 例えば、定款において取締役が3名以上と定められており、現状の取締役が3人いるところで、1人が辞任するような場合がこれに当たります。

 そして、このように取締役としての権利義務が残った立場の人は「権利義務承継取締役」と呼ばれています。つまり、権利義務承継取締役は、会社との関係では役職を辞していても、取締役としての職務権限、取締役としての義務が残ります。

権利義務承継取締役がその地位から脱する方法

 この点の問題を解決することは容易ではありません。

 この点を正面から解決するためには、裁判所に対し「一時役員の職務を行うべき者」(いわゆる「仮取締役」)の選任の申立を行い(会社法346条2項[条文表示])、裁判所がこの仮取締役を選任し、これによって役員の人数が定員を充足すれば、辞任した取締役は、権利義務承継取締役としての地位から脱することができます。

 もっとも、通常は、このような方法は手間ですし、会社としても辞任した取締役が権利義務承継取締役として残ることのデメリットやリスクを考えることが通常です。それは、辞任の意思を明確にした取締役に義務が残るとはいっても、通常は会社のために十分な熱意を持って職務遂行に当たるモチベーションが低く、こうした取締役を残しても会社へのメリットが少ないと考えられるからです。

 それで、実務上多くの場合は、会社に対し、次の取締役を早急に選任するよう交渉することで解決することが多いと思います。

辞任と退任登記との関係

辞任を第三者に主張する要件~退任の登記

 もう1点留意すべき点があります。つまり、辞任通知が会社に到達すれば、会社に対しては取締役辞任の効力は生じますが、第三者に対する関係においてはそうとは限らない、という点です。

 具体的には、取締役の退任の登記をしないと、辞任したことを知らない第三者に対しては「自分はすでに取締役を辞任している」と主張することができない、とされています。

会社が退任の登記を履行しない場合の対応1~退任登記を求める訴訟

 通常、退任の登記は、代表取締役が、証明書類を添付して法務局に申請します。しかし、代表取締役が、すぐには退任の登記手続に協力してくれないことも少なくないと思われます。

 この場合、会社がどうしても退任登記を行わないのであれば、辞任した取締役は、裁判所に訴訟を提起し、判決を得て変更の登記をすることができます。

会社が退任の登記を履行しない場合の対応2~登記の残存を承諾していないことを示す

 また、退任登記を求める訴訟が終わるまでに問題が生じる可能性があり、第三者からの責任を追及される可能性がある場合があるかもしれません。こうした場合、どうしたらよいでしょうか。

 この点、最高裁昭和62年4月16日判決は、辞任したものの退任登記が未了である取締役について以下のような事情がある場合、第三者に対して責任を負うとしています。

  • 辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合
  • 取締役を辞任した者が、会社の代表者に対し、辞任登記を申請しないで不実の登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情が存在する場合

 こうした裁判例の趣旨を踏まえるならば、例えば、取締役を辞任したのに会社が登記をしてくれない場合、取締役を辞任している事実、登記が残存しているがそれを自分は承諾していないという意思を、責任を追求しそうな第三者に通知しておくことが考えられます。

 こうすることで、取締役であるかのような外観が残っていることは自分の意思ではないことを明確にします。これは、自己を守る大きな防具の一つになると考えられます。


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