企業間取引と契約締結上の過失
「契約締結上の過失」の概要
「契約締結上の過失」とは?
「契約締結上の過失」とは何でしょうか。それは、契約締結に至る過程段階において、一方当事者が行った過失による行為によって、相手方に損害が生じたときに責任を負う法理をいいます。
過失による行為には、契約内容に関する重要な事項について調査・告知しないこと、相手方の合理的期待を裏切るような行為をすること等が含まれます。
契約締結上の過失が認められる理由
契約紙締結の段階なら、本来なら、当事者双方は何の権利義務もないはずであり、相手方に対する責任も生じないのではないかとも考えられます。
しかしながら、裁判例は、契約準備交渉段階に入った当事者間には、契約締結を目指す特別の関係にあるとし、それゆえに相互に相手方の正当な利益を保護し、不当に損害を被らせないようにする義務を負うと考えます。そしてこの義務に違反した場合に、相手方に対し、損害賠償責任を負うとされています。
契約締結上の過失の類型
契約締結上の過失は、主として以下の3つの類型に分けることができると考えられています。
交渉破棄型
契約締結に向けてなされた交渉が、一方当事者の破棄等によって締結に至らなかったという類型です。
不当表示型
契約が締結されたものの、その過程及び内容が一方当事者に不利であったという類型です。例えば一方当事者の虚偽の説明や誤信させるような表示があったといった例が挙げられます。
契約無効型
契約は締結されたものの、原始的不能(契約締結時点で既に履行が不可能となっていたこと)等の理由により契約が不成立又は無効であったという類型です。
交渉破棄型に関する詳細
交渉破棄型における要件
一般に、交渉破棄型の類型において、契約締結上の過失による責任が認められる要件は、次の2つであるとされています。
(1)契約締結交渉の成熟度が高いこと
(2)信義則違反と評価される程度に帰責性があること
例えば、一当事者が一方的に期待を募らせて費用をかけて準備行為を進めたというだけの理由では、その後交渉が破棄されても賠償を求めることはできません。
他方、一当事者が契約の締結は確実なものと信頼させるような具体的言動をしており、他方当事者が、こうした具体的言動という合理的な根拠に基づいて相手方に準備行為を行うという場合は、当該言動をした当事者は、正当な理由がない限り信頼を裏切って交渉を破棄する行為に基づき責任を負うことになります。
認められる損害の範囲
交渉破棄型において認められる賠償の範囲は、通常は、契約の成立を信頼して支出した費用等(一般的に「信頼利益」と呼ばれるもの)と考えられています。
裁判例に表れた例でいうと、買受予定者が代金支払のため融資を受けた利息額、現地見分のための費用、登記手続のための司法書士費用、第三者からの有利な申込みを断ったことによる損害、が挙げられます。
他方、契約が締結されて履行されとしたら得られた利益(「履行利益」と呼ばれるもの)については賠償の対象とはならないというのが裁判例の見解であると考えられています。ここには、売買契約なら転売利益、値上益、目的物の利用による利益が含まれます。
交渉破棄型の契約締結上の過失に関する裁判例
以下、交渉破棄型に関する例といえる裁判例をご紹介します。
最高裁昭和59年9月18日判決
マンションの購入希望者A氏が、売主B氏と交渉に入り、物件を歯科医院とするためのスペースについて注文を出したり、レイアウト図を交付するなどしました。またA氏は、歯科医院を営むために必要な電気容量があるかをB氏に問い合わせたところ、B氏は、電気容量の変更の工事にかかる費用をA氏に伝え工事をしましたが、A氏は異議を述べませんでした。
しかしその後、A氏は、売買契約締結直前になって、購入資金が多額になることを理由に購入を断り契約を締結するに至らなかったため、B氏がA氏に対し、損害賠償として、工事にかかった費用の請求をしました。
裁判所は、最高裁は、A氏の損害賠償責任を肯定し、B氏が設計変更及び施工をしたために被つた損害の賠償を命じました。
福岡高裁平成5年6月30日判決
売主・買主間で不動産売買契約交渉が進み、売買代金や所有権移転登記を行う日など、売買契約の重要な部分について合意ができていました。さらに、売主と買主が所有権移転登記申請書に記名押印をし、買主が銀行から売買代金の融資を受ける段階まで至ったにもかかわらず、売主が一方的に売買契約書への署名を拒んだため、売買契約の成立に至りませんでした。
裁判所は、売主に契約締結上の過失を肯定し、買主が負担した諸費用として、融資を受けたことにより生じた利息、手数料、及び司法書士に支払った登記手数料についての損害賠償を命じました。
最高裁平成19年2月27日判決
具体的には、ゲーム機等の販売会社A社からゲーム機の開発業者の手配の依頼を受けたB社が、機械メーカーC社に開発と製造を打診したところ、C社もこれに応じました。
C社は対象装置の開発を進めていましたが、契約が締結されないままでの開発製造の継続に難色を示しました。これに対してB社は、A社から具体的な発注がなかったものの、一定の単価で一定の台数を発注をすることを口頭で約し、提案書をC社に提示したり、契約条項案を作成したりするといった行為をしました。
そのため、C社は、対象装置の量産についての契約締結に強い期待を抱き、部品の発注や金型を製作し、量産機を製造してA社に納入し、A社も動作確認をするなどしていました。
しかしながら、最終的には量産に関する契約が締結されないままで終わってしまいました。
裁判所は、B社とC社とも、最終的に契約の締結に至らない可能性があることは当然に予測しておくべきことであったものの、B社の行為によってC社が対象装置の開発や製造にまで至ったのは無理からぬものがあったこと、また、B社としては、それによってC社が対象装置の開発製造にまで至ることを十分に認識しながら前記のような行為に及んだとして、B社の責任を認めました。
不当表示型に関する詳細
不当表示型の内容
不当表示型では、契約締結に至る過程において、信義則違反と評価されるような、相手が誤信するような説明をした場合が典型的な例です。
もっとも、この類型については、契約締結上の過失という説明よりも、「情報提供義務」「説明義務」という端的な説明がされることが多いと思われます。
不当表示型の契約締結上の過失に関する裁判例
以下、不当表示型に関する例といえる裁判例をご紹介します。
最高裁昭和59年9月18日判決
いずれも宅建業免許を有するA社とB社の間でなされた工場及びその敷地の売買契約に関し、購入後に敷地に基準値を超えるふっ素及び鉛による土壌汚染があることが判明しました。裁判所は、売主であるA社において、土壌の来歴や従前からの利用方法について買主に説明すべき義務があるのにこれを怠ったとして、約1億8800万円の土地浄化費用等について損害賠償が認められました。
ただし、4割の過失相殺による賠償額の減額が認められています。その理由は、買主であるB社が、土木建築工事に関連して地質調査等も目的とする会社であり、A社からの報告書によって量は不詳ながら解体作業時に流出した油分がしみ込んでいるとの情報提供を受けていたから、自らの判断で土壌汚染調査を行うことが相当程度期待されていたという理由が挙げられています。
なお、本件は、成15年2月15日に施行された土壌汚染対策法施行以前の案件であり、同法では、土地所有者の汚染除去義務を定めています。
千葉地裁平成13年7月6日判決
フランチャイズ店舗(コンビニ)について採算が悪化して閉店に至ったケースで、裁判所は、フランチャイザーがフランチャイジーになろうとする者に対してできるだけ正確な知識や情報を提供する信義則上の義務、少なくとも不正確な知識や情報を与えること等により契約締結に関する判断を誤らせないよう注意する信義則上の義務を負担していると述べました。
そして、本部が示した見積損益計算書で示した数値のうち、売上、棚卸しロス、見切・処分についての数値は実績に基いて算出された予測というよりもむしろ目標値として提示されたものであることや、当該店舗では周囲の環境の変化に伴う売上の減少傾向が続いていたこと等からすれば、棚卸しロスや見切・処分等の経費が増加し、オーナーの収入が減少するおそれが容易に予測できたのであるから、本部は収入が減少する危険が高かったことについて説明する義務があったと、と判断し、説明義務違反と経営破綻との間には相当因果関係があるとして、オーナーが支払った契約金、名義使用料等を損害として認めました。
しかし、複数の原告について、それぞれ、過失相殺によって5割~7割の減額をしています。
契約無効型に関する詳細
契約無効型の内容
契約無効型では、締結された契約の全部又は一部が履行不能だった場合において、履行義務者がその履行不能を知っていたか知ることができたのに対し、相手方箱のことを知らず、かつ知らないことに過失がなかったというケースです。
契約無効型にかかる契約締結上の過失に関する裁判例
以下、契約無効型に関する例といえる裁判例をご紹介します。なお、公表された裁判例は僅かです。
東京地裁昭和34年6月22日判決
不動産業者であるA氏は、B氏から建物を買い受ける契約をしました。同契約では、建物敷地の借地権の譲渡についてはB氏が地主の承諾を得ること、売主において契約違反があるときは手付の倍額(100万円)を賠償すること、の規定がありました。
B氏は地主に会ったことがなく契約の締結を躊躇していましたが、A氏から「金銭で解決すれば大丈夫だ」と告げてB氏に締結を促したため締結に至りました。他方、建物を競落して入手したB氏は、地主に対して賃借権を確かめていませんでした。
結局地主が借地権の譲渡について承諾しなかったため、A氏は売買契約を解除して損害賠償を請求しました。
裁判所は、地主が承諾の意思がなく承諾を得ることは当初より不能だったとしてもB氏には責任があるとしつつ、ためらうB氏を促して売買契約の締結に至ったことについてB氏の不注意を認め、80万円の範囲で賠償を認めました。
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