1.2.3 取締役の競業避止義務

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取締役の競業避止義務とは何か

競業避止義務の概要

 会社法356条1項は、取締役が会社と競業するような取引を行なう場合、会社による事前の承認が必要であると定めています(会社法356条1項1号[カーソルを載せて条文表示])。したがって会社による事前の承認がない限り、会社と競業するような取引を行うことは許されません。

 これを「競業避止義務」といいます。

 このような競業避止義務が課される理由は、取締役が、会社の業務執行に関して大きな権限を有し、企業機密にも通じていることから、その地位を利用すれば会社を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ることができるため、このような行為を防ぐという点にあります。

競業避止義務の対象となる取締役

  競業避止義務は、代表取締役に限らず、また業務の執行に従事しているかどうかにかかわらず、すべての取締役に適用されます。

 まず、社外取締役にも適用されます。この点、会社が迎え入れる社外取締役が経営する会社の事業が、自社の事業の一部と競業するということもあるかもしれません。社外取締役であっても競業避止義務があることには変わりありませんので、後述の包括的に取締役会の承認を得ておく必要があるかもしれません。

  あるいはケースによっては、何らかの理由で、名前だけを貸した名目的な取締役になっているということもあるかもしれません。このような名目的な取締役であっても競業避止義務は免れませんので、自己が取締役をしている会社と競業する事業を行っているのであれば、同様に承認が必要となります。

「競業」にあたる場合

「競業」の考え方

 では、どんな業務が「競業」と考えられるでしょうか。この点については、一般的に、現在又は将来にわたって、市場での取引が競合する可能性があるか否かによるとされています。具体的には、会社が行っている取引と目的物(商品・役務の種類)と市場(地域・流通段階等)が競合する取引をいいます。

 この点、「取引」には、販売だけでなく購入も含まれますので、ある物品の製造・販売を目的とする会社であれば、その原材料を購入する取引も競業となりえるとされています(最高裁昭和24年6月4日判決)。

 他方、例えば、ある会社の定款の目的には含まれるものの、現在行っておらず、将来行う計画もない事業を取締役が行っても、通常は競業にはならないと考えられます。

第三者が利益を受ける場合も含まれる

  会社法356条1項1号において、「自己又は第三者のため」と定められているとおり、取締役が会社の承認を受ける必要がある競業取引は、自分の利益のためのみならず、第三者の利益のために行う場合も含まれます。

将来の事業も含まれる可能性がある

 この点、現在は現実に営業していなくても、将来ある特定の事業をする計画があれば、取締役が現在その事業を自ら行うことは、競業とされる可能性が高いと考えられます。

 この点例えば、東京地裁昭和56年3月26日判決は、関東一円で製パン業を営むA社が、関西地区への進出を決意してそのための調査を行っていたところ、A社の代表取締役がB社を設立して大阪でパンの製造販売を行って、A社の関西地区進出の機会を奪ったという事例です。

 裁判所は、A社から当該代表取締役への請求を認めました。

承認を受ける内容・方法

株主総会・取締役会の決議が必要

 先に述べたとおり、取締役が行う営業が「競業」に該当する場合には、株主総会(取締役会非設置会社の場合)又は取締役会の承認が必要となります(会社法365条1項[カーソルを載せて条文表示])。

 株主総会については、特別決議ではなく通常決議で足ります。

 なお、取締役会の承認決議の場合、当該競業取引を行おうとする取締役は、その決議に参加できません。なぜなら、当該取締役は、当該決議に関しては特別の利害関係を有するとみられるからです。

開示すべき事実

 競業行為を行おうとする取締役は、承認を求めるにあたっては、取引先・目的物・数量・価格・取引の期間など取引に関する重要事実を開示する必要があります(会社法356条1項1号[カーソルを載せて条文表示])。

 すなわち、会社にとって、当該競業取引の具体的な内容を把握でき、それに基づいて承認をするか否かを判断できる程度の情報の開示が必要、ということになります。

承認できる取引の範囲

 取締役が行う競業取引については、単発的な取引もあれば、同種・類似の取引を反復継続する場合もあります。

 この点、後者については、個々の競業取引についてのみならず、一定の範囲の継続的取引を包括的に、取締役会や株主総会での承認をすることもできると解されています。ここには、取締役が、自社と一部の事業が競合する会社(例えば自社と他社の合弁会社など)の代表取締役に就任して今後競業取引を行う場合に包括的に承認するといったことが考えられます。

取引後の報告

 以上のような事前の承認に加えて、競業取引を行った後の報告義務もあります。

 すなわち、取締役会設置会社においては、取締役が競業取引を行った場合、取引後遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならないとされています(会社法365条2項[カーソルを載せて条文表示])。

 この点、事後の報告を怠ったり虚偽の報告をすると、100万円以下の「過料」という行政上のペナルティが課されることもありますので注意が必要です(会社法976条23号[カーソルを載せて条文表示])。

競業避止義務に違反する行為の効果

取引の相手方との関係

 競業避止義務に違反して取締役が第三者と取引を行った場合、その取引の効力はどうなるでしょうか。

 この点、第三者との取引自体は、原則として法的には無効とはされません。それは当該第三者が、承認を得ていない競業に該当することを知っていたとしても同様です。

 それは、取引の安全を図る必要があるほか、承認の有無は取締役と会社間の問題であって、取引の相手方には関係のない話だからです。

会社に対する責任1~損害賠償義務

損害賠償額の推定規定

 他方で、取締役は、会社に対しては損害賠償義務を負うことになります。

 この場合には、取締役又は第三者が競業によって得た利益が会社の損害であると推定されるという規定がありますので(会社法423条2項[カーソルを載せて条文表示])、会社にとっては困難な場合が多い競業行為による損害の立証の負担が軽減されています。

承認があっても責任を負うことがある

 この点で留意すべきは、この損害賠償義務は、たとえ会社法上の手続に従って承認を得たとしても免れない、という点です。

 したがって、会社と競業する事業を行う取締役は、承認を得たからといってあらゆる競業行為が許されるものではなく、会社の利益を害さないように留意する必要があるということになります。

解任事由となりうる

 また、取締役が承認を得ないで競業取引を行った場合、これが、当該取締役を任期途中で正当に解任できる事由にもなりえます。

 なお、取締役の解任については、「取締役の解任のページ」をご覧ください。

取締役の退任後の競業避止義務の有無

原則は自由

 ある取締役が退任した後は、会社に対して競業避止義務はあるでしょうか。この点は、会社との間で別途明確な合意があれば別として、一般的には競業避止義務はありません。

 この点、東京地裁平成5年8月25日判決は、「会社の取締役…は、その任…終了後においては、その一切の法律関係から解放されるのであって、在任…中に知り得た知識や人間関係等をその後自らの営業活動のために利用することも、それが旧使用者の財産権の目的であるような場合又は法令の定め若しくは当事者間の格別の合意があるような場合を除いては、原則として自由なのであって、退任…した者が、…地位を利用して、その保有していた顧客、業務ノウハウ等を違法又は不当な方法で奪取したものと評価すべきようなときでない限り、退任…した者が旧使用者と競業的な事業を開始し営業したとしても、直ちにそれが不法行為を構成することにはならない」と判断しました。

在任中の忠実義務違反が問われることもある

 ただし、退任後の競業行為について特別な事情があったり在任中に競業のための先行行為があった場合、取締役が責任を問われることがあります。以下のような例があります。

千葉地裁松戸支部平成20年7月16日決定

 同事件においては、取締役が、会社の従業員を引き抜き、同社の主要な取引先を奪って、会社を経営破綻に追い込み、従業員や主要な取引先を自らの陣営に確保することを企図して、辞任直前、大口の取引先に対して会社との取引をやめるよう働きかけ、辞任直後から、従業員の引き抜き行為と、取引先に対する自らの営業活動を本格的に始め、その影響を受けて、本件取引先8社が会社との取引を打ち切ったという事実が認定されました。

 裁判所は、こうした取締役の行為につき「そのほとんどが取締役辞任後の行為ではあるものの、信義則上、取締役の善管注意義務、忠実義務に違反するとともに、取締役の競業避止義務にも違反する」と判断しました。

東京高裁平成16年6月24日判決

 同事件においては、A社の代表取締役Bは、平成12年1月31日に辞任しましたが、辞任前の遅くとも平成11年10月ころから、会社の営業や技術を担当するほぼすべての従業員を対象に自己の会社への転職の勧誘を始めました。A社の従業員が実際にA社をやめたのは、Bが退任から半年以上後でしたが、半年程度の間に、大半の従業員が退職しました。

 裁判所は、Bの行為につき、従業員がこの勧誘に応じれは、会社の営業や技術を担当する従業員がいなくなってしまうことになり、会社は、営業活動に支障を来し、また、顧客からのメンテナンス等の要請にも応じられなくなるなど、その事業遂行ひいては会社の存続に壊滅的な打撃を受けるであろうことは明らかであり、Bによるこうした引き抜き行為は、会社に対する善管注意義務、忠実義務に反する違法な行為であると判断しました。

 


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